ゼロヨン比較テストで発生した昭和50年台前半のある珍事

 

思わぬクルマが最速に

昭和50年頃の自動車雑誌ではクルマの性能を比較するため、
ゼロヨン加速タイム(停止状態から400メートルを加速する際のタイム)が
よく掲載されていました。

最近は新車が登場しても、クルマ雑誌のインプレッションにゼロヨン加速を計測して掲載されることはあまり見かけませんが、

当時の自動車雑誌はスポーツタイプのクルマでも大衆車でも、ことあるごとに比較テストと称してゼロヨン加速を掲載して紙面を振るわしていましたし、メーカーのカタログにもゼロヨン・タイムが掲載されるほど。

当時は「0-100km/h加速」より「ゼロヨン」が
クルマの性能を知る重要な指標とされる風潮がありました。

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そんな昭和50年台前半、ある珍事が発生します。

とある自動車雑誌の特集・ゼロヨン加速全車比較テストで
発売されて間もない2代目トヨタ・スターレット(KP61)
当時販売されていた国産車の中で最速のタイムを出してしまいます。

KP61・スターレットは1978年(昭和53年)に登場の
1.3L OHVのノーマルエンジンで普通の小型大衆車でした。

KP61-1
出典「https://www.toyota.co.jp/」

排出ガス規制で各車骨抜きに

昭和50年前半、クルマの世界には逆風が吹いていました。
1973年(昭和48年)  第一次オイルショック、そして排出ガス規制強化。

特に昭和53年排出ガス規制は厳しいもので、各車軒並みパワーダウン。
この規制は当時、世界一厳しいもので各国からは非関税障壁ではないかとも叩かれました。

当時の排ガス処理技術はまだ未熟で、なんとか規制をクリアするのに四苦八苦の状態。
とても、以前の性能を維持できるどころでもありませんでした。


そんな中、昭和53年排出ガス規制をクリアして新登場したのが、
2代目スターレット(KP61)でした。

FRと軽い車重(約720kg)を活かしKP61が
叩き出したゼロヨン・タイムは17秒台。

安価な大衆車としてみれば十分りっぱなタイムですが、
この大衆車が出したゼロヨン・タイムが当時(昭和53年頃)の国産市販車のベストタイムです。

それよりも以前の昭和40年台半ばに発売されていたクルマには、
ゼロヨン 16秒台のタイムを出すクルマはざらにありましたから、

それほどまでに、当時の排出ガス規制がエンジン性能に与えた影響は大きいものでした。

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